バリで暮らしを手助けするコーディネーター、大木氏にインタビュー!
26歳の時、大木氏はオーストラリアへ渡った。ボランティア・プログラムを利用し、現地の小・中・高校で日本語を教える先生のアシスタントをするためだ。
「半年間、ボランティアを続けました。語学を教える場合でも教科書ありきの日本とは違うんです。まず、いかに生徒の興味を持たせて楽しませるかが大事。ちょっとした驚きでした」この後、語学学校で本格的に日本語を2年間教えた。
そして、ボランティア・プログラムや留学、ホームステイなどのコーディネートをする会社へ就職。
「私自身が経験者でしたからカウンセリングも親身に出来ました。同じ問題や悩みを抱えている場合が多かったですから。お客さまとの会話を通じて、いかにウマが合うホームステイ先を見つけるかなど頑張りましたね」
オーストラリアには通算6年滞在した。
この間、日本へ里帰りする際にインドネシアのガルーダ航空をよく使っていた。乗り継ぎ途中、バリ島で数日滞在し骨休みをするのがルーティーンだった。「白人社会のオーストラリアから行くと、やっぱりアジアは落ち着きました」
何回か訪れるうちに友人も出来た。
オーストラリアでの生活を終え、いよいよ日本に本帰国しようとした時、いつものようにバリに立ち寄った。
そして、友人の一人から、日本食レストランのマネージャーの仕事の話を持ちかけられるのである。







